

「一生薬を飲み続けるのですか?」という問いかけ
診察室で、患者さんから最も多く聞かれる質問のひとつがこれです。
「糖尿病と診断されて、薬を処方されました。でも正直、不安です。ずっと飲み続けなきゃいけないんですか?」
このような声は、とても自然で正直な気持ちです。
薬に頼ることで、「もう元には戻れない」「体が弱くなったようでショックだ」という思いを抱える方も少なくありません。
私は60歳になるまで、糖尿病の診療に40年近く携わってきました。その中で、薬に対する不安を抱える患者さんと何千人も向き合ってきました。
そのたびにお伝えしてきたのは、「薬は敵ではなく、あなたの未来を守るパートナー」だということです。
なぜ薬が必要なのか ― 血糖値は時間とともに上がる
糖尿病は、血糖値をうまくコントロールできなくなる病気です。
初期には自覚症状がほとんどないものの、血糖値が高い状態が続くと、全身の臓器にじわじわとダメージが蓄積されていきます。
特に以下のような人は、薬による治療を早期に行うことで合併症を防ぐことができます:
- 空腹時血糖値が126mg/dL以上
- HbA1cが6.5%以上
- 食後の血糖値が大きく上昇する
- 既に腎臓や眼、神経に影響が出始めている
これらは、一時的なものではなく「体のしくみ」の変化であるため、生活習慣の改善だけでは限界があるケースも少なくありません。
薬だけに頼らないという選択肢もある
とはいえ、薬を使わずに治療を進めたいという思いも大切にすべきです。
実際、薬を使わずに血糖値をコントロールしている方もいらっしゃいます。ただし、それには条件があります。
次のような場合には、薬を使わずに経過観察や生活習慣改善のみで管理できる可能性があります:
- 血糖値が境界領域(空腹時110〜125mg/dL、HbA1c5.7〜6.4%)
- 体重管理や運動がしっかりできる
- 食事指導を受け、日々の管理がきっちりできる
- 定期的な血液検査・医師のフォローが受けられる
私の患者さんの中には、「どうしても薬を飲みたくない」という60代の女性がいらっしゃいました。
彼女は毎日30分のウォーキング、糖質の量を抑えて、タンパク質・脂質・野菜のバランスがとれた食事、月に1~2回の受診を地道に続けた結果、3ヶ月後にはHbA1cが正常範囲内(6.8%から5.9%)へと改善し、薬なしで良好な血糖管理と合併症予防が実現できています。
ですがこれはあくまで一例で、すべての方に当てはまるわけではありません。無理に薬を拒否したり、自分の勝手な考えで飲むのを止めてしまったりしたことで、取り返しのつかない合併症を招くことがあります。
近年の薬は「進化」しています
ひと昔前に比べると、現在の糖尿病治療薬は種類も多く副作用が少なく、安全性も高くなっています。
たとえば次のような新しいタイプの薬があります:
SGLT2阻害薬
尿中に糖を排出して血糖値を下げる。体重や血圧も下がる効果がある。心不全や腎臓病の進行抑制効果がある。
GLP-1受容体作動薬
食欲を抑え、胃の動きをゆっくりにすることで血糖値の上昇を防ぐ。注射薬で1週間に1回で済むタイプもあり、体重減少効果が大きい。最近、腎臓病の進行抑制効果があることがわかってきた。
DPP-4阻害薬
食後の血糖上昇を穏やかにし、低血糖のリスクが少ない
これらの薬は、血糖値だけでなく「合併症を防ぐ」目的でも使われます。
このような薬の出現で「昔の薬は怖かった」という方でも、今の薬であれば安心して使える場合も多いのです。
あなたに合った治療法を一緒に見つけましょう
私たち医師の役割は、「薬を飲ませること」ではありません。
本当に大切なのは、患者さん一人ひとりの生活や価値観に合った治療法を一緒に考えることです。
薬が必要な段階であれば、それを正しく理解し、必要な期間だけ使う。
逆に、生活習慣の見直しで対応できそうな方には、それに全力で寄り添い支援する。
そのためには、まずご自身の身体の状態を正確に知ることが何より大切です。
血液検査、尿検査、体重や血圧、合併症の有無などの情報をもとに、治療の方向性を一緒に決めていきましょう。
まとめ:不安を力に変えるために、できること
糖尿病の薬は「一生」ではなく「今の体を守る手段」
状態によっては薬を減らしたり中止できる可能性がある
最新の薬は副作用が少なく、合併症の予防にも有効
治療は「押しつけ」ではなく、患者さんと一緒に考えて進めていく(作る)もの
自分の状態を正確に知ることで、より良い未来の選択肢が広がる
最後に ― ご自身の体に優しく向き合ってください
もし今、薬を飲むことに不安を感じているなら、それは健康を大切に思っている証拠です。
その気持ちを、ぜひ次の一歩につなげていただきたいと思います。
「薬に頼りたくない」「どうしても不安がある」――そんな気持ちも、診察室で遠慮なくお話しください。
私たちは、その気持ちを大切にしながら、最善の選択肢をご提案いたします。
どうか一人で悩まず、一度ご相談ください。あなたにとって無理のない、納得のいく治療を一緒に考えていきましょう。
以上
引用文献
日本糖尿病学会. 糖尿病治療ガイド2024. 南江堂.
American Diabetes Association. Standards of Medical Care in Diabetes—2024. Diabetes Care.
Inzucchi SE et al. Management of Hyperglycemia in Type 2 Diabetes, 2022. Diabetologia.
Nathan DM et al. Medical management of hyperglycemia in type 2 diabetes. N Engl J Med.